蝉氷坊のブログ

 文殊会通信(読書、映画、美術、酒をめぐる片言隻句)ぶらぶらあるき(県内篇・県外篇)梵夫の時間(おりおりの日誌)

文殊会通信第42号 2016年06月1日号

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海*堂  消息

 

 しばらくお休みです。

 

蝉氷坊  消息

 

●最近読んだ本

1.『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』/髙橋秀実/新潮社/2012.9 ★★★★

 

 小さい頃から運動は苦手なのに野球が好きだった。世代的にプロ野球のナイター中継を観て育ったせいかもしれないが、それだけでもなさそうだ。

 しかし、同じ野球でも高校野球はやはり違う。質的な違いよりも、観る方の楽しみ方の違いが大きいのだろう。

 本書は新聞の書評欄を見て俄然読みたくなった。予想通りというべきか、とにかく面白い。そしてなぜか泣ける。

 監督が発する機関銃のような「罵声」は単なる熱血指導ではないし、選手たちの闘い方も(練習も含めて)いわゆるスポ根ものとは無縁のものだ。進学校(東大合格者全国トップ)と聞いて想像しがちな頭脳野球とも明らかに違うのである。

 監督が、頭脳はエリートではあっても常識的な競技レベルでは普通ですらない高校生に、野球というスポーツを通して勝つことの面白さと楽しさを伝えようとする。これはもはや教育ではなく、ミッション(伝道)であろう。

 

2.『「蛮社の獄」のすべて』/田中弘之吉川弘文館/2011.7 ★★★★

 

 武士の世界は僧侶の世界と似ている。建て前と本音、厳格で細かい所作儀礼、序列化された組織、前例主義、挙げればいくつもある。平穏に安住しようとする者にとってはまさにうってつけの世界である。であるから、抗う者、変革を求める者に対して徹底して圧力を加える世界でもある。

 「蛮社の獄」に対する私のイメージは、幕末期の開明派への思想弾圧事件というものであった。おおざっぱにいえば、開明的蘭学者渡辺崋山高野長英VS保守反動政治家老中水野忠邦、という図式である。しかし、ことはそう単純ではなかった。

 この事件で容疑者となったのは武士6人、町人6人、僧侶2人の計14人。彼らの裁判記録を読み進む最終章が面白い。が、面白いと言っては不謹慎に過ぎよう。このうち4人(町人3人、僧侶1人)は獄死している。しかも冤罪である。

 事件の真のねらいは、思想弾圧であるより一罰百戒を意図した社会風潮の引き締めにあったらしい。黒幕である水野の意図を超えて、悲惨な捏造事件に仕立てた目付・鳥居耀蔵の奸臣ぶりが怖ろしい。江川英龍川路聖謨といった、よく知られた人物のイメージもこれまでとは変わった。

 

3.『大山康晴の晩節』/河口俊彦ちくま文庫/2013.12

 

 単行本は2006年4月新潮社刊。

 昭和50年代、月刊誌「将棋世界」を講読していた。小さな大会の予選に出たり、町の愛好会で指したりもしていたが、テレビ棋戦を観ても勝負より解説の方を楽しむ私などは本書の言葉を借りれば「指さない将棋ファン」である。

 著者の文章は簡潔で品位がある。将棋や棋士を知らない者でも、対局中のしぐさやことばからその人となりを鋭くすくい取る描写にあるいはニヤリとし、ほろりとさせられたりするのであり、少しでも将棋をかじった者なら、勝負の世界に生きる人間の持つある種の嫌らしさや非情さをさりげなく書くくだりに思わず唸らされたりもするのである。

 

4.『仏教ジェンダー 真宗の成立と「坊守」の役割』遠藤一/明石書店/2000.5

 

 1980~90年代には旧仏教各派の人権啓発運動が大きく飛躍した。中でも浄土真宗はそのリーダー格であり、それ以前からの長い蓄積の上に進められた浄土真宗両派の取り組みは、その深度においても成果においても他宗派に大きく水をあけるものであった。

 浄土真宗では住職の配偶者のことを「坊守」という(正確にいうと住職の配偶者でない場合もあるらしい)。さてそこで、住職が女性の場合は夫を坊守と呼ぶのかどうか、また坊守になれるのかどうかが、宗議会で真剣に議論されてきた。その結果、女性でも住職になれる道が開かれ(1991年)、男性の坊守が認められることになった(2008年、いずれも大谷派)。

 一方、1989年の日本仏教学会のテーマは「仏教と女性」が共同課題であったが、著者によればその成果は惨憺たるものだった。仏教界における性差別・ジェンダー問題の前には、旧来の男性優位制度の安易な追認、儒教などの他宗教の影響とする責任転嫁、釈尊の教えの非差別性への固執、差別事象を時代や状況の制約とする傍観的態度など、いくつもの強固な壁が立ちはだかっていた。

 四半世紀が過ぎた現在、その状況はどれほど改善されたのであろうか。

  

今読みかけの本

『名僧列伝(一)』/紀野一義講談社学術文庫/1999.8

市川崑タイポグラフィ』/小谷充/水曜社/2010.7

 

■アート全般

「偉大なるマルグリット」/グザヴィエ・ジャノリ監督/フランス/2015/八戸フォーラム ★★★★

 

 1940年代アメリカに実在したオペラ歌手にヒントを得て、1920年代のフランスに置き換えて作られたという「伝説の音痴」の物語。

 まず、たくさんの登場人物を手際よく登場させながら始まる導入部が、心地よい映画的な快感と不穏な雰囲気が入り混じった妙な気分をもたらす。

 忠実な執事、主人公を利用しようと企む評論家と画家のコンビ、教師として雇われたプロ歌手らの怪しい四人組など、別の映画でも観たと思わせる魅力的な人物が次々と登場するが、映画は彼らの物語への深入りを避けるかのように主人公夫妻の交情とすれ違いをなぞって進行する。

 イノセントであることの強さ、芸術とは何か、芸術を愛するとはどういうことなのか、を考えさせられる。

 

オデッサ・ファイル」/ロナルド・ニーム監督/イギリス、ドイツ/1974/NHK BS ★★★

 

 観るのは2度目。角川文庫版の原作を読んだのは1987年(21刷)で、フォーサイスは同時期に『ジャッカルの日』も読んだ(これも映画より原作がよい)。詳細は忘れたが、息もつかせぬとか、ページを繰るのももどかしいといった慣用句がふさわしい面白さだったことは憶えている。

 映画の出来はやや凡作か。映像はすばらしい。茶色や灰色が目立つ画面からはテーマの重々しさが伝わる。ジョン・ボイト(A.ジョリーのお父さんですね)は名優だと思うが、この映画ではちょっと地味気味。恋人役のメアリー・タムという女優が、出番は少ないがとてもいい感じだ(「ブレード・ランナー」のショーン・ヤング風)。

 名作の映画化は難しいものなのだろう。

 

【編集後記】

 2ヶ月ぶりに更新しました。通算42号です。

 4月にとても大切な方の死に接しました。喪失感が半端ではありません。つい先だっては叔父であり兄弟子でもある本寺住職の葬儀を出しました。

 新しい年も半分になり、時間の早さを実感します。還暦を過ぎてからは、残りの人生が見通せる地点にいるのだという感慨があります。

 山々の緑の濃淡が美しいこの時期は一年でもっとも好きな季節です。

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蝉氷坊通信メンバー  蝉氷坊 1954年生   海*堂 1954年生   高*庵 1958年生   法*斎