蝉氷坊のブログ

 文殊会通信(読書、映画、美術、酒をめぐる片言隻句)ぶらぶらあるき(県内篇・県外篇)梵夫の時間(おりおりの日誌)

文殊会通信 第14号 2013年11月1日

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海*堂  消息

 

 

●最近読んだ本

『ホーキング、宇宙と地球を語る』/スティーヴン・ホーキング、レナード・ムロディナウ/エクスナレッジ/2011.1 ★★★

 

 原題は“THE GRAN DESIGN”。この宇宙はなぜあるのか、われわれはなぜ存在するのか、この世界は創造主を必要とするのかに答えようとする車椅子の高名な物理学者ホーキング博士の最新作(だと思う)。

 以前に取り上げた『宇宙になぜ我々が存在するのか』(村山斉著)と共通するテーマだが、ホーキング博士のほうが二年ほど早い出版。後者の方が、前者からヒントを得て書かれたものかもしれないが、よく整理されていてわかりやすい。ホーキング博士のほうは、後者を読んだ後でなければわかりにくいと思う。それでも理解しがたい部分も多い。もっともそれは読む当方の単なる知識と理解力の不足によるものだろうが。

 インフレーションからビッグバンによる宇宙の展開まではどうにかついて行けるが、マルチバースという多元宇宙論、つまりわれわれが存在するこの宇宙とは異なる無限の数の宇宙が平行して存在し、その世界ではわれわれの物理法則とは異なるそれぞれの法則が存在するのではという、子供の頃のSF漫画で読んだような世界がまじめに語られるのは驚きである。

 そして原題の“THE GRAN DESIGN”、その翻訳は『宇宙の偉大な設計図』で、これはわれわれと宇宙を支配する法則、究極的な統一理論のことであり、人間が何千年にもわたって求め続けてきたもの。一神教を奉ずるようになってからの西欧文明ではその答えを創造主たる神に帰することが、その問いの発生とともに続いてきたのであろうが、ホーキング博士はこの質問には純粋に科学の範疇で答えることが可能であると主張する。宇宙論にしろ進化論にしろ、現代でも科学と宗教の相克はいまだに続いている。

 

【編集人から】

 宇宙理論を論じるときですら、多くの科学者はテーブルの上に見えざる聖書を置いているということなのでしょうか。ある意味で、コペルニクスやガリレオの時代とあまり変わらない?

 

▼今読みかけの本

『現代坐禅講義-只管打坐への道』/藤田一照/佼成出版社/2012.7

 

 約500頁あり、なかなか暇なくて読み進めない。

 

■これから読む(購入する)予定の本

 

 また買ってしまった本。

 

『深夜プラス1』/ギャビン・ライアル/ハヤカワ文庫/1967.4

『鷲は舞い降りた』/ジャック・ヒギンズ/ハヤカワ文庫/1997.4

『星を継ぐもの』/J.Pホーガン/創元SF文庫/1680.5

『道元を逆輸入する』/ネルケ無方/サンガ/2013.8

『日本仏教の社会倫理』/島薗進岩波書店/2013.9

 

~今月のお題~

●これまで買った中でもっとも高価な本

『漢訳対照 梵和大辞典 増補改訂版』/荻原雲来/講談社/1977.8

 

 38,000円。最初の近代的なサンスクリット・日本語辞典。大学時代、はじめはモニエール、ウィリアムスの梵英辞典を使っていたが、これとても当時丸善で13,600円。1899年初版、大A4版で1,333頁。出版2年後この梵和辞典を購入。この辞典は1,568頁に補遺が71頁。ただしB5版。詳しさははるかに梵英辞典の方が上だが、こちらは漢訳仏典を読むには便利。

 昭和3年に計画され、昭和15年から18年にかけて6分冊が刊行されたが戦争により中絶。そして多難な時を経て昭和49年、全16分冊がついに完成。実に100名を超える関係者の情熱によるものだったという。

 

▼アート全般

フェルメール光の王国展」in AOMORI/2013.9.27~10.27/イオンモール下田 ★★★

 

 各地で開かれている展覧会。37点のリ・クリエイト作品。単なる絵画の複製品ではなく、原作の経年劣化、ひびや、変色、汚れをデジタル技術で修復し、作品製作当時の状態に復元しようとしたもの。絵画のみならず、額縁も復元したという。確かに色鮮やかで、クリアーな絵で、現代のデジタルテクノロジーを駆使したおもしろい試みだと思う。ただ、複製であるということはやはり意識せずにはいられない。ストロボ禁止だが撮影は可とのことで、ケータイで撮影する人がいて、そのシャッター音が煩わしかった。37作品の展示で、1,000円の入場料は高い。

 

【編集人から】

 私も東京で観ました(このブログ2012年11月号を参照)。完璧なイミテーションをパロディーや一種のキッチュと扱わずに、フェルメールの絵画展としているところに違和感というか、いかがわしさを感じたことを思い出します。

 

■酒肴全般

 吟醸 生貯蔵酒「夏子物語 花火」/久須美酒造/新潟県長岡市 ★★★★

 

 T師からの頂戴物。漫画作品からテレビドラマにもなった『夏子の酒』のモデルがこの久須美酒造。T師の愛飲酒で日本酒判定の標準と位置づける同社定番の「清泉」は麹の香りがあり少し甘口で芳醇だが、こちらは「生」とあるのに、よくある濃厚さはなく淡麗辛口で、吟醸と銘がありながら香りは穏やか。一般の生貯蔵酒とは大きく異なり飲み飽きることがない。

 

 

高*庵  消息

 

■最近読んだ本

●今読みかけの本

 

 共になしです。今月の読書時間は0(ゼロ)時間です…。

 忙しすぎて、帯状疱疹になってしましました。痛い…。

 今日も夕方病院です。

 

▼これから読む本

 

 読みたい本はあるのですが、如何せん、酒でも止めないと時間がまったく作れません。こんな生活だと、絶対後悔しそう…。

 

【編集人から】

 養生しましょう。飲む間を惜しんで休みましょう。お互いに…。

 

~今月のお題~

■これまで買った中でもっとも高価な本

『太祖 瑩山禅師』/東隆真/国書刊行会/1996.9

 

 12,000円。単独の本となると、あまり高価なものはないのですが。

 未読です。

 1万円を超える単独本はこれだけです。

 

●アート一般

 

 今月は木村忠太の画集(展覧会図録)を観ていました。

 木村忠太は1917年生まれの洋画家。36才の時にフランスに渡り、1986(昭和62)年70才で亡くなるまで、パリで過ごしたため、日本での知名度はかなり低いでしょう。

 これは、1989(平成元)年に渋谷区松涛美術館で開催された大展覧会の図録です。

 私は木村の画が好きで、今でも気になる存在なのですが、日本国内で取りあげられることが最近殆どないようで、寂しい気がします。

 美術は文学と違って、あくまで一品物の世界なので、どんなにすぐれた芸術家の作品でも展覧会、画集、美術館等のコレクションがなければ、永久に人々の眼に触れることはありません。

 名のある美術家の作品の、いかに人の眼に触れる機会が少ないか…(ピカソやモネや大観や梅原とか、定評のある巨匠達は別として)を考えると、社会と芸術の関わりについて色々考え込んでしまいます。

 

■酒肴一般

 「八海山」/八海醸造株式会社/新潟県南魚沼市 ★★★★

 

 檀家さんから「八海山」をいただきました。

 普通酒、昔の2級でしょうか?

 淡麗辛口さっぱりして、私にはとても合います。

 新潟の酒は、さっぱりした辛口のものが多く、私は好きです。

 

【編集人から】

 養生せよ、あんまり飲むな、と言われてもなぜか手の出る日本のお酒。凝った店にもありふれた店にもなぜかたいてい置いてあって、値段もいいけど確かに旨いのがこの八海山ですよね。野球に喩えれば先発、中継ぎ、抑え、どこでもいつでもOKの信頼のおけるピッチャーみたいな。

 

 

蝉氷坊  消息

 

●最近読んだ本

茶の本』/岡倉天心著・桶谷秀昭訳/講談社学術文庫/1994.8 ★★★★

 

 前回の「最近読んだ本」に書いたが、今月は再読、再々読している。現代にも通じる文化論、文明批評だと思う。

 天心は西洋文明、欧米文化の摂取に国中が血眼になっていた時代に、日本や東洋の美の真価を世界に問うていたのだし、日清・日露戦争の勝利に沸きかえる世情の中で、戦争の愚をいち早く唱えていたのだった。

 自分の国の文化を知り外国に正しく伝えて交流することこそが国際化であり、天心はその実践者であり先駆者である。

 

▼この一冊

小野二郎セレクション』/川端康雄編/平凡社ライブラリー/2002.6

 

 高校生の頃、漠然とイギリスという国にあこがれた。音楽(ロック)も映画も文学も、大英帝国こそが一番だと思い込んでいた。しかしその実、何も知らなかったのだが。

 著者を知ったのはたぶん出版物(瓦版やミニ新聞など)に関する文章だったろう。何かの本で氏の文に触れたか、だれかが引用していたのを読んだかしたのだと思う。

 著者の小野二郎東京大学を卒業後弘文堂に勤務、やがて大学同級の中村勝哉とともに晶文社を設立。「モダンデザインの父」と呼ばれるウィリアム・モリス(1834~1896)の日本への紹介者として知られる。のちに明治大学文学部教授となり、イギリスの文学と文化の研究者としての業績も多い。惜しまれながら52才で急逝。

 本書は数多い著作から、イギリスの生活文化、民衆芸術に関する論文、エッセイなどを選んだもの。内容的におもしろいばかりでなく、著者の温かな視線と良識ある文章が快い好著である。

 

~今月のお題~

●これまで買った中でもっとも高価な本

1.『説経正本集』全三巻/横山重編/角川書店/1968.2~11

 

 「越前国永平寺開山記」の活字翻刻が収められた本として古書で購入。8万5千円。現在ある中でたぶん一番高額な本。今も三巻揃いで十万円前後の値がつく。届いたとき配送の人に何の本かと尋ねられた(代引きだった)。怪しい本だと思ったのだろう。説明するのが面倒なので仏教の専門書だと答えたが。

 説経節は鎌倉時代から続く語り物芸能で、江戸初期に最盛期を迎えその後衰微したといわれる。現在でもいくつかの流派がその命脈を伝えている(このブログの2013年1月に鑑賞記あり)。

 祖師を題材にした演目もあり、本書には収録されていないが日蓮上人や親鸞聖人を取りあげたものがある。

 「越前国永平寺開山記」は、道元禅師の生涯を六段に分けて語り物に脚色したものである。話芸という性格上脚色というより翻案といった方がよく、そのせいであろうか本作を学術的に取りあげた研究はほとんどない(未見だが中野東禅老師の論文がある)。

 

2.『黒澤明クロニクル』/ソニー・マガジンズ/1997.12

 

 いわゆる豪華本。3万円。一冊の本としてはこれが一番高い。世界でもっとも知られる日本の映画監督黒澤明の写真集。

 大きくて重いので、仰向けでも腹ばいでも読めない。つまり病床で読むには不向きである。この手の本を持てば、宝の持ち腐れにならぬよう年を取っても達者でいなければならない。

 『姿三四郎』(1943)から『まあだだよ』(1993)までの全30作の作品に、現場スナップ、解説、年譜などを加えて紹介している。本書を買った当時も今も、ディープな黒澤ファンというわけではないが、同時代的に観た作品は晩年の作品だけなので、通史的に知るには手っ取り早いかなと買った、と思う。

 

▼アート一般

銀河鉄道の夜』/杉井ギサブロー監督/1985/WOWOW ★★★★

 

 ずいぶん前に観ているが、細部は記憶から抜け落ちている。今回はWOWOWの録画で観た。

 全編を、足元から沈み込んでいくような深い寂寥感が通底音のようにつらぬく。主人公二人のほとんど動かない表情が、物語の悲劇性を効果的に高める。登場人物を猫に擬人化した設定は漫画家ますむらひろしによる脚色だというが、賢治の弟の宮澤清六氏をはじめ研究者のあいだでは批判が多いと聞く。

 しかし実写では無論むずかしく、アニメーションでも登場人物がすべて人間だったら、悲劇の方向は世界のありようではなく、人生のはかなさに向かいそうである(それはそれでおもしろいが)。その意味で一種の仮面劇ともいえよう。

 さて、物語には宗教的なエピソードがちりばめられている。「世界のありようの悲劇」とは賢治の世界観である(あえて仏教語でいえば「諸法無我」か)。悲劇とはいえ、当然ながら私たちが生涯絶えず経験する「悲しいできごと」のことではない。

 生死を分ける瀬戸際で自己犠牲を選ぶこと、道義的に生きることは、この物語で賢治が主題としたことである。すべての宗教に通ずるものでもあり、また宗教を超えた至上の価値でもあるだろう。

 物語の終盤、銀河鉄道で旅するジョバンニはカンパネルラの変化に気づき始める。顔が猫なので表情は変わらないが、カンパネルラや乗客たちとの会話のなりゆきから、ジョバンニはカンパネルラがいなくなってしまうのではないかと不安にかられる。観ている私たちも、次の画面でカンパネルラがいることにホッとするのである。

 けれども、ついにその時がやってくる。ストーリーを知っている私たちも、別れがやってくることを知りながら、カンパネルラのほとんど聞こえない「さようなら、ジョバンニ」の声にやっぱり胸をつかれる。カンパネルラの表情は、動かぬゆえに深い悲しみをたたえる能面のようでもある。

 

 閑話休題。

 録画した映画もなかなか観る時間がないが、今月はほかに3つも観た。原作、監督、映画賞などをたよりにあたりをつけて録るのだが、時には大ハズレも。

 『華麗なるアリバイ』(パスカル・ボニゼール監督/2008/NHK BS)、『小川の辺』(篠原哲雄監督/2011/WOWOW)、『眠狂四郎魔性剣』(安田公義監督/1965/NHK BS)の3作品。

 『華麗なる…』はクリスティーの『ホロー荘の殺人』が原作ということで大いに期待して観た。フランス映画だが、おもな登場人物は本国では有名な俳優ばかりとのことで、芸達者。いわゆる群像劇なのだが、ミステリーとしても、ロマンス(というより人情劇か)として観てもそれぞれの人物のポジション、人物同士の距離感が分かりにくい。登場人物の中に、あの人はいったい何だったの、という人が3人いた。 ★

 『小川の辺』は藤沢周平の同名小説が原作。主人公の東山紀之がよい。というかそれだけかも。見どころは東山の寡黙なたたずまいと、片岡愛之助との決闘シーンぐらい。東山のりりしさは、周囲の人物のホームドラマのようなのどかさと対照的である。そののどかさは、脱藩して討たれる娘夫婦(菊地凛子、片岡)の運命を案じて夫に詰め寄る松原智恵子の悲嘆が浮いて見えるほどである。 ★

 『眠狂四郎…』は柴田錬三郎原作のヒットシリーズ。市川雷蔵が観たくて録画したのだが意外におもしろかった。雷蔵はスクリーンのどこにいても存在感があり、名優の凄みとはこういうことかと思う。脇役も皆うまい人ばかり。

 古寺で繰りひろげられる黒魔術のような儀式のケレン味、ローソクと見せかけた爆弾提灯から爆発寸前に難を脱するご都合主義には笑えるが、観客を楽しませることに徹した作りには潔ささえ感じる。展開のスピード感、善玉悪玉の分かりやすさ、華麗でありながらくどくない殺陣シーン、すれすれのお色気、ハッピーエンド、これだけそろえて75分と時間にも無駄がない。 ★★★

 

●酒肴全般

 純米吟醸「亀吉」/(株)中村亀吉/青森県黒石市 ★★★

 

 ポスト田酒と噂されるとの噂の酒。

 この亀吉、一口おいしい(★★★★)。でも、何杯も飲みたいという感じではない、よって星一つ減点。

 最近初めて飲む日本酒で、一杯目にグラスで半分くらいぐーっと飲んで旨いと感じる酒は多いが、二杯目以降も同じように旨いと思う酒が少ない。あくまでも主観的なのであてにはならないが、要は味はあるけれど味わいがない、ということかなと。

 

【編集後記】

 第14号です。一気に寒気が到来し、この間までの暑い夏がうそのようです。八甲田山も一週間ほど前に冠雪しました。

 さて「越前国永平寺開山記」について、つい先日未見だった中野東禅老師の論文を読むことができました(『教化研修』第43号/曹洞宗教化研修所/1999)。いろいろと興味深い指摘があります。

 以下は中野老師の論文の要約。

 「越前国…」は元禄2(1689)年、江戸の結城孫三郎により開版されているが、説経節永平寺を結びつけたのは若狭小浜藩主酒井忠勝(1587~1662、老中在位1624~38、のち大老)ではないかと推測される。

 寛永18(1641)年、永平寺は火災で多くの伽藍を焼失した。こののち道元禅師400回忌(1652)、懐弉禅師400回忌(1679)と続き、元禄8(1695)年には450回忌に向けた勧進の通達が出されている。伽藍復興と遠忌費用を調達するための勧進に説経節の興行が関わり、その正本(脚本、台本にあたるもの)に道元禅師を取りあげることは双方にメリットがあった。

 寛永から寛文年間(1624~1673)は説経節の最盛期にあたり、正本も多数成立している。一方、酒井忠勝は神仏への信心篤く、領国若狭にも近い永平寺の被災に対しても仏殿・経蔵・一切経など多大な寄進をしている(1658)。

 

 曹洞宗の新しい全国展開が説経節を媒介として広がった可能性があります。故・有馬実成老師(山口県原江寺住職、元SVA専務理事)も以前、「宗門意外史―道元禅師は薬の発売元であった―」と題した講義でこのことに触れていました(1996年10月、青森県宗務所布教講習会)。

 …ということで、ある日大老酒井忠勝が江戸市中お忍びで遊びの折、さる座敷で説経節の座長兼作者の結城孫三郎と一緒になる。忠勝は説経節の売れっ子作家の孫三郎を酒席に招き入れる。四方山話に興じるうちに、話は先年焼失した永平寺のことに及ぶ。

忠勝「寺の普請にはわしも少しばかり寄進させてもらったが、何しろ本山でもあり、莫大な金が要りようなのじゃ」

孫三郎「手前に少し思案がございます。もったいないことではございますが、手前どもは法華の日蓮さま、門徒の親鸞さまのご一代を説経節に仕立てまして、これが結構評判がようございます。そこでいかがでしょう、越前永平寺の道元さまを一代の物語にして諸国を興行するというのは。勧進の助けにもなり、禅の教えを広めることにもなりましょう」…

 …なんて会話が交わされてたりして。こんな話、松井今朝子が小説にしてくれないかな。

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蝉氷坊通信メンバー  蝉氷坊 1954年生   海*堂 1954年生   高*庵 1958年生   法*斎