蝉氷坊のブログ

 文殊会通信(読書、映画、美術、酒をめぐる片言隻句)ぶらぶらあるき(県内篇・県外篇)梵夫の時間(おりおりの日誌)

文殊会通信 第13号 2013年10月1日

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海*堂  消息

 

●最近読んだ本

 

 今月の読了本は無し。

 

▼今読みかけの本

1.『現代坐禅講義―只管打坐への道』/藤田一照/佼成出版社/2012.7

 

 これは、これから坐禅をする上で欠かせない本かもしれない。

 

2.『ホーキング、宇宙と地球を語る』/スティーヴン・ホーキング、レナード・ムロディナウ/エクスナレッジ/2011.1

 

~今月のお題~

■孤島へ持って行く本(その2)

 

 考えてみたけれど、なかった。貧しい読書歴か。

 

【編集人から】

 「孤島に持って行くならどんな本を選ぶか」は昔からある問いではあるけれど、見方によっては現実味のない愚問かも知れません。確かに「お気に入りの本を3冊選んで」という方が聞き方として正しいような気もします。サバイバル上の困難を無視するなら孤島でなくてもいいわけだし(例えば長い旅に持参する本といった具合に)、それを考慮に入れるなら愛読書ではなく実用書だろうという意見が出て当然だし、そもそも本など必要なのかという反論もあり得ますね。

 

●アート全般

 ポール・デルヴォー展 ―夢をめぐる旅―/秋田市立千秋美術館/2013.7.20~9.1 ★★★

 

 デルヴォー展は、以下のように1975年を皮切りに開催されているようだ。

  1975年 東京、京都の国立近代美術館で、日本初の『ポール・デルボー展』が開催。

  1983年 2度目の大規模なデルヴォー展が日本で開催。

  1987年 つづいて1988年 日本で回顧展。

 今回の展覧会は、昨年7月に鹿児島で始まり、府中、下関、埼玉、岡崎、浜松をめぐって秋田が最終。偶然雑誌の広告で知り、どうにか都合を付けて、片道2時間半はやてとこまちを乗り継いで見に行くことができた。秋田駅から歩いて5分程、駅から続くアーケードに面したビルの一階に美術館がある。規模は小さく、入場者も数人ほどで、ゆっくり見ることができた。

 今回展示された作品は、日本未公開のものが多いとのことだった。それらは初期の作品群と最晩年の作品のことを指していた。22歳の頃から40歳前の、我々がイメージするシュールレアリスムデルヴォー以前の作品は、写実主義印象主義の影響があって、色彩も暗くくすんで、色調も茶系統で沈鬱な絵だったり、また明るい開けた風景やモディリアニ風の人物像があったりする。ただその中には既に後の作品に現れる蒸気機関車などのモチーフが出現する。

 デルヴォーは1897年、ベルギーに生まれ、1994年96歳の長寿を終えた。我々の思い描くデルヴォーの作品は、30歳末頃から始まったのであり、それはシュールレアリスムとくにデ・キリコの影響だったとのこと。あの街角の神秘と憂愁と静寂が、デルヴォーの世界を構築する礎石になったのだろう。東京での初の個展の時は既に78歳にもなっていたのだった。日本で初めて画集が出版されたのは1986年だと思うが、今回見ることのできた最晩年の作品は、1989年92歳の時の水彩画だった。

 実に38年ぶりにデルヴォーの実物を見ることができた。前回東京で見た時には、大きなキャンバスの隅に塗り残しがあって、意外とおおざっぱだなという印象もあったが、今回間近に見てそんなことはなかった。記憶違いだったのだろうか。この世ならざる世界のような、夢の中での出来事のような静止した時間。無風で清澄な空気感。その神秘の舞台に登場する女性達はやはりこの世のものではなく、女神か妖精か微かな命を仮に吹き込まれた人形か。なぜかデルヴォーの絵を見ると心が解放される思いがする。

 ちなみに今回の展示作品には、鉛筆画の習作1点以外オットー・リーデンブロック教授は登場しない。

 若い時代のスケッチなどの小品は多いものの、大型の油彩画が少なく往復5時間を掛けた割には物足りなかったので★三つ。

 

▼酒肴全般

 純米吟醸 鳳陽/内ヶ崎酒造店/宮城県黒川郡富谷町/★★★★

 

 過日仙台に行った時、仙台駅一階の酒屋で「乾坤一」と一緒に購入したもの。これは、店頭の島に積んであった。以前飲んだこともあり、購入に不安はなかった。淡麗で、微かな甘みあり清澄。日本酒度+2、これぐらいがちょうどいいような気がする。偶々あった本醸造生貯蔵酒「如空」を飲んでみた。生貯蔵酒というと一般に甘口で濃醇な酒をイメージするがこれが大違い。甘口だがアルコール臭く風味も劣り、封を切って後悔した。即料理酒用として台所に直行。酒も読書と同じで、時間的にも肉体的にもこれからそんなにつきあえるわけではない。したがって、飲む酒も少量美味いものだけを飲むことにしている。

 

 

高*庵  消息

 

■最近読んだ本

 読了したものは1冊もありませんでした…。

 

●今読みかけの本

『化石』/井上靖/角川文庫/1983.3

 

 1ヶ月かかって、まだ読了しておりません。

 唯今537ページまできました…。

 

▼最近購入した本

『生誕100年佐藤太清展』/淡交社/2013.7

竹内栖鳳展 近代日本画の巨人』/東京国立近代美術館京都市美術館/2013.9

吉川霊華展 近代に生まれた線の探求者』/東京国立近代美術館/2013.6

『人間国宝シリーズ 三輪休和』/講談社/1978

『人間国宝シリーズ 浜田庄司』/講談社/1977

荒地の恋』/ねじめ正一/文春文庫/2010.7

 

 偶然近現代の日本画の展覧会図録を3冊と、物故陶芸家の作品集2冊と、小説1冊をお買い上げしました。

 

【編集人から】

 竹内栖鳳はNHK「日曜美術館」で放映していました(9月8日)。番組では、天性の資質に寄りかかることなく新たな日本画の創造のために、伝統絵画に対しても西洋絵画に対しても研鑽と探求を生涯怠らなかった人物として取りあげられていました。

 

~今月のお題~

■孤島へ持って行く本(その2)

断腸亭日乗』/永井荷風

 

 孤島へ持っていって読むのなら、当然長さも必要でしょう。

 『断腸亭日乗』は、荷風が大正6年(1917、荷風38才頃)から亡くなる(昭和34年、1959)まで40数年にわたって書きつづった日記。

 「40余年のあいだ、死の直前まで自己の生活を記録し続けた執念は異常なものがあり、(中略)彼の作品のうち、もっとも長く後世に残るものといわれている」中村光夫

 孤島でゆっくり読むにはふさわしいかも。何といっても15,000日分以上!

 

●アート一般

 竹内栖鳳展/東京国立近代美術館/2013.9.3~10.14

 

 先日住職辞令を受け取るために上京。前日、竹橋の近代美術館で開催されていた「竹内栖鳳展」を観ました。

 最近、私の中で栖鳳の至芸が更に懐かしく心地良く思われるようになっており、そういう意味でもタイムリーな展覧会でした。

 一瞬の動きを軽妙洒脱な熟練のテクニックで描いた定評ある動物や鳥の画は言うまでもないのですが、昭和に入ってからの潮来の風景画など、まさに永遠の中の一瞬を描きとめたような気がします。

 竹橋の宮城のお堀や緑を眺めながら、レストランで740円の高いアイスコーヒーを飲んで、去りゆく夏の夕暮れの一時を過ごしました。

 やっぱりたまには上京しないといかんなァ…。

 

▼この一作

 竹内栖鳳「おぼろ月」/昭和3(1928)/京都国立近代美術館

 

 せっかくですから栖鳳の作品から一点。

 昔も今も好きな作品。今回も実物を拝見してきました。

 縦長の画面に大きなおぼろ月。種だけになった菜種が2株。その下に、まるで月を見上げて遊んでいるかのような狐が一匹。

 栖鳳の至芸がよく現れている一点。

 

■酒肴一般

 駒泉「純吟 山廃」限定酒/(株)盛田庄兵衛/青森県七戸町

 

 というのをいただきました。

 飲んでみると、どうも私好みではありません。

 私は最近ますますサラッとした感じの日本酒が好きで、吟醸酒をあまり好まなくなりました。これもおいしい酒なのでしょうが、私には芳醇に過ぎるような気がします。

 やはり「一ノ蔵」の「無鑑査辛口」が飽きなくていいですね。

 

 

蝉氷坊  消息

 

●最近読んだ本

茶の本』/岡倉天心著・桶谷秀昭訳/講談社学術文庫/1994.8 ★★★★

 

 当然のことだが、名著といわれる中に名のみ知っていて読まずにいるものがかなりある。NHKの「日曜美術館」で見て天心を読む気になった(「筆を持たない天才芸術家・岡倉天心」7月21日放送)。

 本書は天心の詩情の表出である。もちろん美術論、文明論であるのだが、天心の詠歎詩である。訳者の桶谷氏は解説の中で「これは文明論といふより、ひとつの文芸作品といつていいのではないかと思ふ」と書き、また同時期の著作『東洋の理想』と対比して、「その文章の音調は詩的でありながら、奔放な想像のかはりに或る沈痛なひびきを印象づける」とも書いている。

 例えば次の一節はどうであろう。

 

 …現代の人類の天は事実、富と権力を求めるキュクロプス的巨大な闘争によって粉砕されている。世界は我欲と俗悪の闇の中を手さぐりで歩いている。知識は疚(やま)しさの意識によって得られ、博愛は功利のためにおこなわれる。東と西は狂乱の海に翻弄される二匹の竜のごとく、生命の宝玉を取り戻そうとむなしくあがいている。われわれはこの大荒廃を繕うためにふたたび女媧(じょか)を必要としている。アバターの出現を待っている。その間に、一服のお茶をすすろうではないか。午後の陽光は竹林を照らし、泉はよろこびに泡立ち、松籟はわが茶釜にきこえる。はかないことを夢み、美しくおろかしいことへの想いに耽(ふけ)ろうではないか。(24ページ、第一章 人情の碗)

 

 「女媧を必要としている」というのは前段で述べている、魔神が破壊した天空を修復したのが女媧であった、との中国古代の道教神話の再掲である。

 本書が出版されたのは日露戦争の翌年、1906(明治39)年である。文中「キュクロプス的巨大な闘争」とは、やがて第一次世界大戦につながっていく帝国主義による戦争のこと、取り戻そうとする「生命の宝玉」とは、「人類の天」が本来もたらしていた平和と安寧のことであろう。そしてこの時代状況の中で「お茶をすす」りながら、「はかないことを夢み、美しくおろかしいことへの想いに耽ろう」というのである。

 天心は同じ章で「茶道とは、美を発見するために美を隠し、顕わすことをはばかるものを暗示する術だ」と述べている。こうしてみると、天心の詩情とは真の美というものに殉じようとする、時代に対する訣別だった。

 全七章のうち、とくに「第六章 花」の文章が心を打つ。

 なお、岩波文庫版(村岡博訳)も併せて読んだが、桶谷訳の方がわたしにはしっくりきた。

 

▼今読みかけの本

『映画と戦争 撮る欲望/見る欲望』/奥村賢・編/2009.8

 

満洲事変』/緒方貞子岩波現代文庫/2011.8

 

 国連難民高等弁務官としてつとに高名な緒方氏の1960年代の論文。氏の専攻が政治学で、学生時代に1920年代以後の中国をめぐる国際情勢を研究していたことは知っていたが著書を読んだことはなかった。

 あるとき芳澤謙吉という人物が氏の母方の祖父であることを知った。芳澤はラストエンペラー・溥儀が紫禁城を追われた1924(大正13)年、駐中華民国特命全権公使として北京にいた。イギリス、オランダ両公使館への亡命を断られた溥儀を一時的に保護したのが芳澤だった。当時の日本政府は溥儀の亡命を政治的に利用する意図は全くなかったが、結果的にこれが世界を相手に戦争に歩むそもそもの端緒になったのだった。

 これは読まねばなるまい。

 

~今月のお題~

●孤島へ持って行く本(その2)

『ブッダのことば』(改訳)/中村元・編訳/岩波文庫/1984.5

 

 仕事の上で遇うさまざまな文章や教説に迷ったとき、ホームポジションとして確認するために読む。そのたびに新しい発見がある、という本ではないが何度読んでも飽きることがない。

 

▼アート一般

 柴田外男デザイン展/もりおか啄木・賢治青春館 ★★★

 

 所用で盛岡に行った。余分な時間がない日だったのでどうしようか迷った末、そばを通りながら行く機会がなかった「もりおか啄木・賢治青春館」に入ってみた。もとは第九十銀行本店だった建物で、すぐ近くにある赤れんがの岩手銀行(中ノ橋支店)と同じ1910(明治43)年の建築。総二階づくりで方形の正面部分とその半分の容積の矩形部分からなる箱型の石造りで、堂々というより瀟洒ということばが似合う外観は、ドイツ・ロマネスク様式とのことである。

 中は一階が啄木と賢治が学生時代を過ごした盛岡での生活を紹介する展示室と喫茶コーナーに、2階がギャラリーになっていた。入館は無料である。展示室といっても文字と写真によるパネルが中心で、主に盛岡で過ごした時代を取りあげているので量は少ないが不足はない。隅のガラスケースに数冊の初版本が展示してある。これもさりげなくてよい。

 こぢんまりとして、全体に抑制された展示と落ち着いた雰囲気が心地よい。

 たまたま開かれていた表題の企画展を観た。柴田氏のことは全く知らなかったが、意外によかった。一戸町在住のグラフィックデザイナーで、盛岡や岩手の風景や伝統行事を描く人らしい。一見切り絵風に見えるが、カットした紙でマスキングした上からポスターカラーで塗りつぶして描いているのだという。

 中間色を多用した色彩で、渋いのとも違う深味を感じさせる色合いである。モノクロや、モノトーンで描かれた作品にも奥行きと温かみがある。画風がちょっと滝平二郎を連想させる。

 

●酒肴全般

 純米ひやおろし「宝山」/宝山酒造/新潟県新潟市 ★★★★

 

 去年の秋、永平寺団参の帰りにこの酒蔵を見学した(本通信第2号参照)。毎月ダイレクトメールが来ていたものの注文したことがなかった。今回はDMにあった「そもそも酒は「作品」ではありません」の一文に感じ入り、注文してみた。これが正解だった。押しつけがましくない香り、濃すぎない口あたり。飲み込んだあとに鼻からぬけるほのかな残り香も好ましい。

 わたしもつねづね酒は作品ではない、と思っていたので我が意を得た気分だ。酒は、強いて言えば食品だろう。

 

【編集後記】

 第13号、発行が一週間も遅れてしまいました。早くに原稿を催促している編集人として恥じ入るばかりです。
 ヘッダの写真は、今はもりおか啄木・賢治青春館となっている第九十銀行本店の額。正面玄関の上部にあります。気品のある細身の行書体が石造りの壁や露柱にマッチしています。こうした意匠は現代のビルディングには絶対に見られないものです。それは単に美的感覚の変化、効率や機能美の優先がもたらしただけではないような気がします。懐かしんだり再現したりすることはできても、おもしろがったり愛でたりする余裕が今は失われたということなのでしょう。

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