蝉氷坊のブログ

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文殊会通信 第12号 2013年9月1日

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海*堂  消息

 

●最近読んだ本

『宇宙になぜ我々が存在するのか』/村山斉/講談社ブルーバックス/2013.1 ★★★★

 

 著者は東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構に異例の若さで就任した初代機構長。素粒子理論における気鋭の科学者。最先端の難しい科学理論をわかりやすく解説してくれることに定評がある。同著者の『宇宙は何でできているのか』、『宇宙は本当にひとつなのか』に続く3冊目。ヒッグス粒子が発見されてから初めての本。

 万物は原子でできているとされてきたが、2003年の観測によって、この宇宙にある原子を全部集めても5%にもならないことがわかった。あとの23%は、暗黒物質、73%は暗黒エネルギーによってできているとされる。この暗黒というのは正体が不明のため仮の名前に過ぎない。この原子を追究していくとクオークで構成されていることがわかり、さらにこの素粒子の仲間にニュートリノがあり、これが暗黒物質に関わっているのかもしれず、我々が存在するのもこのニュートリノヒッグス粒子のおかげかもしれないという。

 なぜ我々が存在するか、つまり物質である我々を構成する原子、さらにそれを構成する素粒子がなぜ存在するかを全くの門外漢にもわかりやすく解き明かそうとしてくれる。

 わかりやすくを目標にしているのだろうが、あまりに単純化された説明があったりして、素人には謎が残ったままのこともあるが新書の性格上やむをえない。それにしても面白い。眠る前に布団の中で読むのだが、実は今2回目。それでも新鮮に読めるのは、情けないことに前に読んだ内容を忘れているためでもあるが、それよりも未知の世界に興味が尽きないからと思うことにする。

 

~今月のお題~

▼孤島へ持って行く本(その1)

 

 孤島に持って行く本は、サバイバルの本。

 このような質問でよくある答えは『聖書』だったりするが、やはり仏典と答えることになる。ただ、孤島で仏典を読んでも仕方ない気がする。仏教は自利利他の教えであり、もし命終まで一人籠もったままで暮らすのならば仏典は意味を成さないのでは、と思ってしまう。が、強いて挙げれば具体的には中村元の『ブッダのことば』、または『真理のことば』だろうか。

 

■アート全般

1.よみがえれ浜の記憶 種差/青森県立美術館/2013,7.6~9.1 ★★

 

 この展覧会の冠には、三陸復興国立公園指定記念とある。5つのコーナーに分かれている。「浜の古層 海からのめぐみと脅威」、「リチャード・ロング、種差を歩く」、「笹岡啓子『TANESASHI』」、「吉田初太郎と種差」、「東山魁夷と種差」。入館者はぱらぱら状態。

 種差海岸やそれに続く北側の白浜、葦毛崎は八戸の景勝地として知られており、50年近く前から遊びに行った場所。高校の頃には絵を描いたり写真を撮るためによく訪れた。当時の交通手段は、自転車かバスか汽車。今は車でいつでも行ける便利な時代になった反面、場所としての価値や貴重さが失われてきた。希少植物の盗掘など荒廃の危機が常に背後に控えている。

 「浜の古層」は種差の歴史。この種差に古代の遺跡や遺物があったとは初めて知った。あんな景勝地に、いや景勝地だからこそ古代人もその風景に惹かれて居を構えたのだろうか。このコーナーには、常現寺の秘仏、本尊魚籃観世音菩薩像と浮木寺の秘仏、弁財天像が展示されており、表からはもちろん裏面も間近に拝観するというおそらく二度とできないであろうことを経験することができた。

 リチャード・ロング氏が、津波をモチーフに美術館の巨大な壁に白い陶土を溶かした液を手を使って塗って制作していく様子をTVのニュースで見たが、本物はかなりの迫力ある作品だった。黒い背景に無数の白筋が鉛直に垂れていく様は、抗いがたい自然の摂理のように思われた。

 笹岡啓子氏は人のいる海岸の写真の展示。吉田初太郎の鳥瞰図はかなり多数が展示されてあった。東山魁夷は有名な『道』の絵とそれに関わるいくつかの絵や資料の展示。

 見て歩くと案外に早く見終わって物足りない感じがした。種差の魅力はまだまだ表し切れていないと痛感。ただ、県立美術館がこのような企画を立案して種差に光を当ててくれたことに対しては、昔から種差に魅せられた者の一人として敬意を表したいと思う。

 

2.ポール・デルヴォー展 -夢をめぐる旅-/秋田市立千秋美術館/2013.7.20~9.1 ★★★

 

 これは次回に

 

【編集人から】

 吉田初三郎の作品は、八戸クリニック街かどミュージアム1階に常設コーナーがあるようです。文殊会通信第11号(海*堂消息 アート一般の項)も参照してください。

 

●酒肴全般

特別純米辛口/乾坤一/有限会社大沼酒造店/宮城県柴田郡村田町 ★★★

 

 仙台に所用で行った帰り、仙台駅一階の酒屋を覗いたら、冷蔵ケースに並ぶ数多ある酒の中でこれだけがその銘柄が占めていたはずの場所に一本ぽつんと残っていた。なんだか買ってくれと言っているみたいでレジに持って行った。何度か乾坤一は飲んだことがあり、好印象だった。ところが家に帰ってよく見ると、特別純米辛口のラベルが。ネットで調べると日本酒度は+4 、普通の乾坤一純米酒は日本酒度+2。この差は大きい。香りも味も淡麗、シャープな飲み口。冷やすとあっさりし過ぎる。わるくはないが普通の純米の方が好みだ。こちらは、シャープ過ぎず舌に乗せて味わいを楽しむことができる。

 

 

高*庵  消息

 

▼最近読んだ本

 窪田空穂(くぼた・うつぼ)の短歌など。

 

 最近まとまった本を読んでいないので書くことも殆どないのですが、短歌を拾い読み?していることが多いですね。

 空穂は第一歌集『まひる野』を出したのが明治38(1905)年。最後の歌集『清明の節』は昭和43(1968)年刊。90歳を超える長寿、多産の歌人でしたが、私はもっぱら晩年の歌を読んでいます。

 「はらはらと黄の冬ばらの崩れ去るかりそめならぬことの如くに」

 詩人大岡信は「作者はこれを作ったとき83歳。90歳で世を去るが、老年を歌った最晩年の歌には、目をみはるようなすぐれたものがある。云々」と評しています。

 短歌もまとまって読んだことはないのですが、節、茂吉、八一、空穂、吉野秀雄などは残りの人生で、じっくり読む機会を作ってみたいものです。

 

■今読みかけの本

『化石』/井上靖/角川文庫/1983.3

 昭和40~41(1965~66)/朝日新聞連載

 

 どうも最近、本を読む気力もなく、この文殊会も脱会しなくては…と思っていましたが、心のリハビリも兼ねて長い小説を読み始めました。

 読んでいる角川文庫版で750ページ以上。

 私が高校生の頃、小林正樹監督で映画化され映画評をスクラップしてあります。

 佐分利信の主人公と岸惠子の組み合わせ。

 主人公の一鬼太平治は建設会社の社長で仕事の鬼。休暇旅行中のパリで自分がガンであることを知り…という筋。

 主人公の年齢と、今の私の年齢が同じであることにびっくり。向こうにはもう孫もいるというのに…。

 長い小説ですが、新聞小説。ストーリーテラーとして定評のある作者ですから、飽きさせず読ませてくれるでしょう。

 かつての大人気作家にして、ノーベル文学賞候補だった井上靖。今は読まれているのでしょうか?

 

【編集人から】

 調べたら『化石』という映画は、1972年の連続テレビドラマを劇場用に編集したもの(映画公開は1975年)だといいます。井上靖作品を社会派の小林正樹がどう撮っているか興味があるところです。DVDにもなっているようですね。

 

~今月のお題~

●孤島へ持って行く本(その1)

論語』/吉川幸次郎訳註/朝日選書/1996.10

 

 なぜ仏典ではなく「論語」なのか? まァ、固いことは言わずにおいていただいて…。

 小学校6年の頃、下村湖人の「論語物語」というものを読んで、とても感動した記憶があります。

 仏典はなんだかわからないようなものが多い?のですが、「論語」は吉川大先生の噛んで含めるような講義を受けると、わかるような気がします。

 孤島で2500年前の聖人と弟子達のドラマを読みながら、生きる指針にしたいと思います。

 

▼アート一般

 

 今月はマネを観ています。エドワール・マネ。

 言わずと知れた近代絵画の父。

 セザンヌのことを近代絵画の父と呼びならわしていますが、むしろ近代の扉を開け放ったのはマネでしょう。セザンヌは「20世紀絵画の父」とでも呼びたいような…。

 たとえば1873年の「サン・ラザール駅」。鉄柵の向こうは水蒸気たちこめる駅。手前には読書から顔を上げた母親と後ろ向きの少女。少女のアップにした金髪からうなじ、肩にかけての美しさ。母親のかぶる帽子の光の微妙な表現。

 洒脱、洗練、色彩の美しさ、ここにマネの美点のすべてがあるような気がします。

 

■酒肴一般

本醸造/賀茂鶴賀茂鶴酒造東広島市

 

 広島の日本酒といえば、日本画の巨匠横山大観がこよなく愛したという「酔心」が有名ですが(ちなみに大観は水戸生まれ)、「賀茂鶴」中々おいしいです。

 日本酒度+5の辛口で、人肌燗がお勧めだそうですが、真夏のことゆえ冷酒でいただきました。

 ちなみに私、ぐい呑みに昔凝りまして、人間国宝の作品をはじめ、色々持っています。ネタが切れたらいずれ書きます。

 

 

蝉氷坊  消息

 

●最近読んだ本

紫禁城の黄昏』R.F.ジョンストン/入江曜子・春名徹訳/岩波文庫/1989.2 ★★★★

 

 満洲(現・中国東北部)は私にとって離れられないテーマである。生涯で三度帝位に就いた溥儀(ふぎ)という人物にも強く惹かれる。

 本書のことは、溥儀自身が著した『わが半生』を読んで以来気になっていた。

 1911年辛亥革命で退位した宣統帝・溥儀は、中華民国政府によるいわゆる優待条件により紫禁城の一角に住み続けていた。復辟(清朝の復活)を周囲から期待され自らも望みながら、あるいは欧米への遊学を夢見ながら。

 16歳になった溥儀に西欧式の学問と英語を身につけさせるべく、帝師(家庭教師)として招かれたのが本書の著者レジナルド・フレミング・ジョンストンである。その後の約6年、1922年の婉容との婚礼をはさんで、1924年馮玉祥が起こしたクーデターで紫禁城を追われるまで帝師を務めた。

 ジョンストンは溥儀に近代的な生活様式と思想を教えたが、結局溥儀(と妻の婉容)をより広い世界に連れ出すことはなかった。溥儀の厚い信頼と帝師の地位をもってすれば、留学は無理としても外遊ぐらいはお膳立てできたであろう。もし結婚して間もない時期に実現していたら、溥儀と婉容の関係は大きく変わっていたに違いない。少なくとも宮廷内の改革よりも(彼は実際にいくつかの慣習を変えた)、帝師としてはるかにふさわしい仕事に思える。

 彼はイギリスの外交事務官であり、共和制より君主制を信じていたことに不思議はないが、このことが逆に溥儀の視野をせばめたのではないか、という気がする。君主制を支持し中国の古典を愛したジョンストンが、皇族、軍閥、諸外国公使との関係において、君主主義者とのつながりを深めていくのは自然なことである。しかし、溥儀から絶対的な信頼を得ていたジョンストンがその気になれば、溥儀の眼をもっと広く強く西欧へ向けさせることはできた。そうなれば、溥儀の将来は別の形になった可能性がある。

 もちろん歴史に「もし」はない。

 ジョンストンは、溥儀が興味を示さないからと英語を教えることをなぜか早々とあきらめてしまう。そのくせ、英文のペン習字の見事さを絶賛しているのは解せない話である。これでは帝師失格であろう。

 訳者はあとがきの中で、「宮廷というチェックできない特殊な世界を意図的に幻想として作りあげながら、自分自身がその幻想に取り込まれていた」のが問題だとして、本書におけるジョンストンの執筆態度に疑問を呈している。

 また、本書では皇后・婉容に関する記述がほとんどない。意図的なものかどうかはわからない。婚礼に関する章でも、その儀式についてかなり詳しく書いているが、肝心の花嫁婉容のようすなどには全く触れていない。

 なお、岩波版は原書の全26章中、序章の一部、第1~10章、第16章が省かれ、これは全体の約半分にあたるという。この省略には批判があり、全訳版が祥伝社と本の風景社から出ているが未見。

 

▼今読みかけの本

『「中国残留孤児」裁判』/菅原幸助/平原社/2009.4

『映画と戦争 撮る欲望/見る欲望』/奥村賢・編/2009.8

茶の本』/岡倉天心著・桶谷秀昭訳/講談社学術文庫/1994.8

 岩波文庫版(村岡博訳/1929.3)も。

 

■この一冊

『ベスト&ブライテスト』全3巻/D.ハルバースタム著・浅野輔訳/サイマル出版会/1983.5

 

 最近キャロライン・ケネディ氏が駐日大使になるらしいとのニュースが流れた。正式に決まれば、またぞろケネディブームが起こり、大統領暗殺事件がメディアに再登場する機会も増えるだろう。

 団塊の世代にとって、J.F.ケネディはヒーローである。政治的キャリア、風貌、スキャンダル、すべてにおいて当時際立っていた。そしてベトナム戦争を引き起こした責任者としても。

 ベトナム戦争の発端から本格的介入にいたる道程を、アメリカ政府の中枢で国際社会を左右する人びと一人ひとりの、政治的なスタンス、思考の傾向、会話における特徴、その他さまざままファクターを用いた人物像を描くことで明らかにしていく。優れたドキュメンタリーであり、極上のエンターテイメントでもある。いずれまた読み直したい一冊。

 

~今月のお題~

●孤島へ持って行く本(その1)

『三四郎の椅子』/池田三四郎/文化出版局/1982(絶版)

 

 大切にしている一冊。時々取り出して眺めている。蒐集欲はないが、お金とスペースがあれば座り心地のいいイスを集めてみたい。本書には「お坊さんのイス」として唯一仏教寺院のイスが載っている(教会のイスは数点あり)。水桶の取っ手部分をそのまま半円状に背もたれにしたような形をした小さな腰掛けである。丸柱の残り材で造られたらしく、根来塗りだそうだ。

 

 以上は文殊会通信第2号の「この一冊」に書いた文の再掲。

 著者の池田三四郎(1909~1999)は木工職人。長野県松本市の人。柳宗悦の民芸運動に参加し、伝統的な指物や和家具に柳の主唱する「用の美」の思想を取り入れた作品で知られ、蒐集家でもあった。著書も多いが、残念ながらほとんど絶版。

 

▼アート一般

映画『風立ちぬ』/宮崎駿監督/2013 ★★★

 

 宮崎監督の作品には、個人では抗しきれない大きな力、不可解な力に対する諦念がある。不条理は受容せねばならず、そしてどういう形であれ超克せねばならない、というのが監督のメッセージだと思うのである。

 人と自然の共存は本当に可能なのか。あるいは、個人と国家の幸福な協調というのはありえるのか。答えはおそらく否である。

 関東大震災のシーンがでてくるが、たまたま制作中に東日本大震災が起き、劇中での扱い方が議論にもなったらしい。しかし本作では、地震で崩壊する建物や燃え上がる炎や逃げ惑う人びとの前面に主人公の恋人たちがいる。復興も再建も結局生き残った人びとが作り直していくしかない、恋の成就もそれを乗り越えたところにあるのだ、とでもいうように。

 戦争という時代や病気が抗しきれない不可解な力だとしても、私たちは生きていかねばならない。思えば、映画『もののけ姫』のキャッチコピーは「生きろ」であった。

 タバコを吸うシーンが多いのはいただけないが、それとて現代の眼で観るからである。宮崎監督は往時を懐かしんで(したがってリアルに)創ったのではなく、往事の(リアルな)物語を今ようやく創り得た、ということだろう。私たちは、小津や溝口の映画を観るような態度で観るべきなのかも知れない。

 テーマは菜穗子と二郎と飛行機をめぐるラブストーリーである。人生の大事なことは常にディテールにある、ということも。

 

●酒肴全般

特別純米酒/佐藤企/鳩正宗(株)/十和田市 ★★★

 

 最近あるお祝いの席で初見。芳醇で後味がさっぱりしている。少しだけ冷たいのを1合ぐーっと一息に呑むとおいしいかも。原料米は華吹雪(麹)とまっしぐら(掛米)とある。銘柄の佐藤企(さとう・たくみ)は同社の杜氏の名前だという。

 鳩正宗のお酒は一般にすっきりしている。「鳩正宗吟麗」(大吟醸酒、原料米は山田錦)しかり、「八甲田おろし」(大吟醸酒、原料米は華吹雪)しかり。いずれも同銘柄の純米酒があるが、私は純米でないほうが好み。

 

【編集後記】

 第12号、ついに創刊一年になりました。

 何気なく本棚を見渡すと、タイトルに憶えがあるが内容は、となるとあれ? と思う本が少なくない。一、二年前に読んだものより昔読んだものの方がより記憶がある、というのは危険信号ではないのか、などと思ったりのこの頃です。
 ヘッダの写真は、送電線の鉄塔群。場所は車で5分ほどの八甲田連峰に臨む酪農地帯です。下北方面からの送電線がこの地域でいったん収束して、さらに南(岩手県方面)に伸びているようです。

 鉄塔を見てウルトラマンを連想するのは世代のせいでしょうね。ゴモラという形が鉄塔そっくりの怪獣もいたっけ。

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