蝉氷坊のブログ

 文殊会通信(読書、映画、美術、酒をめぐる片言隻句)ぶらぶらあるき(県内篇・県外篇)梵夫の時間(おりおりの日誌)

文殊会通信 第10号 2013年7月1日

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海*堂  消息

 

●最近読んだ本

『知の逆転』/ジャレド・ダイアモンドノーム・チョムスキー他/NHK出版新書/2012.12 ★★★

 

 功成り名を遂げた6人の科学者へのインタビュー集。英国一人、他五人は米国。

 1 ジャレド・ダイアモンド 『銃・病原菌・鉄』の著者、生物学者、人類生態学者。

 2 ノーム・チョムスキー  「生成文法」で有名な言語学者。

 3 オリバー・サックス   脳機能研究の神経学・精神医学者。

 4 マービン・ミンスキー  人工知能専攻のコンピュター科学者、認知科学者。

 5 トム・レイトン     サイバーセキュリティーの権威。数学者。

 6 ジェームス・ワトソン  DNA二重らせん構造発見の分子生物学者。

 この6人についての感想をまとめるのは難しいが、宗教に関する質問をみると、1のダイアモンドや3のサックスは、宗教に意義を認めず、科学至上主義的である。これは、欧米の自然科学者にはよく見られることだと思われる。2のチョムスキーだけは人文科学者であり、それなりの意義を宗教に認めており、科学は人生の問題に答えられないという。対してダイアモンドは、人生の意味を問うことに意味はないと断ずる。欧米の科学者が前提とする宗教は、当然キリスト教であるが、歴史上の科学と宗教の激烈な相克を経て、科学者達が無神論に行き着くのは理解できる。

 また、チョムスキーのアメリカの帝国主義政策の暴露とそれに対する厳しい批判は驚くべきものだった。

 

▼今読みかけの本

『宇宙になぜ我々が存在するのか』/村山斉/講談社ブルーバックス/2013.1 

 

■これから読む(購入する)予定の本

 

 性懲りもなく買ってしまった本。

 

 1 『死と神秘と夢のボーダーランド 死ぬとき、脳は何を感じるか』/ケヴィン・ネルソン/インターシフト/2013.2

 2 『お寺の経済学』/中島隆信/ちくま文庫/2010.2 

 3 『あいさつは一仕事』/丸谷才一朝日文庫/2013.4

 

~今月のお題~

●時間があったらもう一度読みたい(観たい)作品

『サテュリコン』/監督フェデリコ・フェリーニ/伊・仏合作/1969

 

 1970年代初頭に見て、その内容を消化できないまま、フェリーニが描くあの不思議な妖しい古代ローマの世界を時々思い出すことがあった。数年前にDVDで見つけて購入したが、未だに見ていない。見てしまうと不思議な世界が消え去るような気がして。1991年に岩波文庫も出版されたが、それも読んでいない。

 

【編集人から】

 1970年をはさむ前後10年は、映画史的にみて創る側と観る側の双方にとって幸福な最後の時代かもしれません。世界中の才能ある監督が毎年のようにコンスタントに作品を創ることができた、という意味でです。この頃のイタリア映画では『地獄に落ちた勇者ども』(ルキノ・ヴィスコンティ監督/1969)、『愛の嵐』(リリアーナ・カヴァーニ監督/1973)が印象深い。マカロニ・ウエスタン全盛期もこの頃ですね。

 

▼アート全般

若冲が来てくれました プライスコレクション 江戸絵画の美と生命」/岩手県立美術館/2013.5.18~7.15 ★★★★

 

 東日本大震災復興支援と冠に付けられた、伊藤若冲を中心とした展覧会。若冲と共に展示される曽我蕭白、長沢蘆雪等は、日本絵画史にあっては傍流とか異端とされてきたが、40年以上前辻惟雄によって奇想の系譜と位置づけられ、新たな評価が与えられていた。

 プライス氏がコレクションを始めたのは戦後10年ほどしてからのようだが、これだけの点数を蒐集したということは当時いかに評価が低かったかということが推察される。

 大胆な構図、ユーモラスなデフォルメ、超精密精細描写。以前東京の美術館で見た、西洋の宮廷画家たちが描いた、人物、静物、衣服の文様、レースの編み目などの超精密描写に匹敵する画力。

 しかし伝統的な日本絵画の流れからははずれたために高い評価はされなかったのだろう。つい伝統や常識の流れに浸ってしまうわれわれ見る側が、神経を硬直させてしまい、新しい世界を拒否してしまった結果なのだろう。

 6章に分けたテーマを設定してそれに合う作品を展示するという方法だったが、順に見ていくと別のテーマの所に入り込んでしまうなど、作品の配列に問題があった。

 この展覧会は以前に東京国立博物館で見たことがあった。調べてみると2006年のことだった。大変な混雑だったことを思い出した。それに比べると今回はゆったり見ることができたが、時間的な制約からゆっくりとは見られなかったことと、ルーペを持参しなかったことが残念。

 

 

高*庵  消息

 

■最近読んだ本

『白き山』/斎藤茂吉/1949刊

 

 最近益々書物を手にする時間が減り、殆どまとまった読書などしていませんが、なんだか短歌をパラパラと読んでいることが多いようです。

 『白き山』は、故郷山形県の大石田に疎開していた茂吉が、敗戦後の昭和21,22年に詠んだ850首。

 『斎藤茂吉全集』は家にある筈だが? 私が読んだのはそのうち百数十首。

 

 「しづけさは斯(か)くの如きか冬の夜のわれをめぐれる空気の音す」

 「大きなるものの運(めぐ)りにすがるごとわれも大石田の冬を越えたり」

 「最上川の流れのうへに浮かびゆけ行方なきわれのこころの貧困」

 

 茂吉晩年の絶唱と言われる歴史的な作品に評価は不用でしょう。

 それにしても万葉以来の詩歌の国、日本。ただし、俳句の読者も短歌や詩の読者も、イコール実作者が殆どで、中々実作者ではない読者が詩歌に接することは少ないのではないでしょうか?

 そんなわけで、次の項目ではすてきな詩を…。

 

●今読みかけの本

阪田寛夫詩集』/角川春樹事務所・ハルキ文庫/2004.9

 

 阪田寛夫といっても、この作家の名前を知らない方も多いでしょう。しかし、童謡詩人としての彼の作品は、みんなが知っているはず。

 

 「どうしておなかがへるのかな」

 「サッちゃんはね、サチコっていうんだ ほんとはね」

 「あさいちばんはやいのは パンやのおじさん」

など、懐かしい曲ばかり。

 その作者の作品から一つ。

 

 「かぜのなかのおかあさん」

 おかあさん/としをとらないで/かみがしろく/ならないで

 いつでもいまの/ままでいて/わらっているかお/はなみたい

 (中略)

 おかあさん/はながさきました/かぜもきっと/ふきますね

 いつでもいまが/このままで/つづいてほしい/おかあさん

 

 この作者は、照れ屋のためか恥ずかしいのか、自己トーカイが過ぎて、バカバカしいような詩もありますが、この作品のように一読、胸に迫るものも多々あります。

 

~今月のお題~

▼時間があったらもう一度読みたい(観たい)作品

1.『気まぐれ美術館』全6冊/洲之内徹/新潮社/1978~1988

 

 昭和49年(1974)の1月から、雑誌「芸術新潮」で連載が始まり、著者の逝去まで十数年連載が続いた。

 私の中3から20代の全部の期間であり、当初拾い読みしていたものの、面白さに全巻揃うこととなった。

 著者の洲之内徹は、何者とも一言でくくることの難しい人物。画廊の主人でもあった。

 宮城県美術館に洲之内コレクション(近代の油絵)が一括して寄贈されており、誌面でみた懐かしい作品に何度も対面できた。

 若い頃、こういうエッセー(美術を軸にして何でもありの内容)を自分でも書いてみたいと思った。

 

2.『ライ麦畑でつかまえて』/サリンジャー/野崎孝訳/白水社/1964

 

 いかにも青春の読書、青春の文学という気がするJ.D.サリンジャー。50代以上の文学好きは必ず読んでいる外国小説かも。

 実は、10年前(2003)に村上春樹訳で『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が刊行され(同じ白水社)、すぐに買ったものの未読です。時間があれば、じっくりと読み比べてみたいところです。

 

【編集人から】

 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は未読ですが、『グレート・ギャツビー』は村上訳も読みました。タイトルは映画と同じく『華麗なるギャツビー』の方が内容に合っているような気がします(本文は状況や雰囲気を伝えるべく「意訳」する、という村上がタイトルはそのままというのが不思議です)。

 その村上が翻訳の苦しみと楽しさを翻訳家の柴田元幸と一緒に著わしたのが『翻訳夜話』(文春新書/2000)、これはオススメしたい本です。

 

■アート全般

 

 6月は田能村竹田(1777~1835)の絵画を観て過ごしました。

 竹田は江戸時代後半、大分県竹田市に生まれ、過ごした文人です。特に頼山陽とは深く交わり、画・詩・書の三絶で知られた、江戸時代後期の代表的知識人、文人画家です。

 文人画は縦長の画面や画帖が多く、印刷物の画集では中々その真面目が捉えにくい感じがあります。

 また、油絵などに比べて保存の点や輸送の関係か展覧会も少なく、実物を見ることが中々ありません。

 竹田の詩文なども読みながら、この文人の生涯を辿ってみると興味深いものが沢山あると思うのですが、残念ながらその時間もないのが現状です。

 

●酒肴全般

 

 読書の方も低調ですが、お酒も特に変わったものも飲んでいません。

 気温が上がると芋焼酎には一切口をつけなくなりました。少し酒を控えて、残り少ない人生をもう少し有意義に…と思うのですが。

 

 

蝉氷坊  消息

 

▼最近読んだ本

『我が名はエリザベス』/入江曜子/筑摩書房/1988 ★★★

 

 中国清朝最後の皇帝から幻想の王国満洲帝国皇帝となった溥儀の后・婉容の生涯をたどった小説。ノンフィクション・ノベルという位置づけは、史実に近い創作ということらしい。

 帝国主義(新世界)の進出と王権国家(旧世界)の没落が重なった19世紀末から20世紀初頭にかけて、アジアは欧米(のちに日本も加わる)の草刈場となり、中でも中国はインドとともにその最大の犠牲者である。

 欧米列強や革命軍、軍閥らの抗争と権力争いに翻弄される王室。窮屈で陰鬱な宮廷生活。王朝崩壊後の死と隣り合わせの逃避行。そうした時代を背景に、物語は婉容の一人称で進む。

 開明的な家庭で育ち欧米の文化や思想に触れてヨーロッパへの留学を夢見る少女と、秘儀と因習に満ちた宮廷という小宇宙の中で成長した怯弱な少年との結婚がもたらしたものは、人として女性として妻としてこれ以上ない不幸でしかなかった、と著者はいいたいようだ。婉容にとって、すべてが夢想していた結婚生活とかけ離れた破綻の人生であった、と。

 B.ベルトルッチ監督の『ラスト・エンペラー』(1987)は溥儀の自伝『わが半生』(1964)を下敷きに溥儀の境遇に同情的で、したがって人間性を肯定的に描いていたが、本書では側近には甘く家族には酷薄という溥儀の性格の二面性が強調されている。

 たまたまテレビで「華麗なる宮廷の后たち『ラストエンペラーの妻 婉容』」を観た(2013/4/8、NHKBS)。出演は中村うさぎ(作家、エッセイスト)、栗山千明(女優)、入江、春日武彦(精神科医、作家)という顔ぶれ。春日氏は長年のファンなので期待したが、中村氏や入江氏の思い入れの強い発言に比べ、春日氏は控えめだったので少し当てが外れた。もっともNHKのHPによれば。番組は歴史検証ではなく、近代中国を「女の視点でたどる試み」(これはセレクト版の再放送で本放送は4回シリーズ)だとか、なるほど。

 

■今読みかけの本

1.『紫禁城の黄昏』/R.ジョンストン/入江曜子・春名徹訳/岩波文庫/1989

 

 原著は1934年イギリスで出版された。映画『ラスト・エンペラー』では、政治犯収容所の所長が本書を手にしながら溥儀を査問する場面がある。

 

2.『一海知義の漢詩道場』/一海知義編/岩波書店/2004

 

 中国南宋の詩人陸游の詩を、一海先生が学生とともに味わいつくす。ゼミ(セミではない)・ドキュメント?とでもいうべき講義の記録。

 

●この一冊

1.『新宗教と巨大建築』/五十嵐太郎講談社現代新書/2001

 

 今回は「アラ宗」(アラウンド宗教)本を二つ。

 近代の宗教施設は建築史上ほとんど取りあげられることがないのだそうだ。天理教、大本教、PL教団など19世紀以後に登場した大教団の施設が、建造物としての評価以前にある種のいかがわしさをもって見られるのはなぜなのか。近世以前の寺院や神社の建物が、無条件に崇敬と賞賛の眼差しで語られることが多いのとはまさに好対照をなす。

 教義を実現するための空間としての建造物を建築工学、建築史の立場から読み解く。そこには伝統教団、新興教団を問わず、「宗教建築はなぜ巨大なのか」という素朴な疑問も横たわっている。

 

2.『〈こっくりさん〉と〈千里眼〉』/一柳廣孝/講談社新書メチエ/1994

 

 明治30~40年代に起きた「千里眼事件」で有名な御船千鶴子、長尾郁子はともに熱心な観音信仰の持ち主だったという(御船は、小説も映画も大ヒットした『リング』シリーズ(小説は鈴木光司)の主人公山村貞子のモデルとされる)。

 本書でも言及されていることだが、千里眼は仏教の用語である。そして「超能力」はしばしば宗教、とくに本人の信仰心の篤さとの関連性が指摘される。また、その解釈には心霊学(心霊術)というものが関わってくる。こうしたことが、科学的な説明に対する疑義や偏見を差しはさむ余地を残すことになる。

 日本においては、宗教は(キリスト教圏のように)社会の仕組みを支える規範になっておらず、心霊学はいまだ学問として認知されているとはいえない。

 関連書に『千里眼事件』/長山靖生平凡社新書/2005など。

 

~今月のお題~

▼時間があったらもう一度読みたい(観たい)作品

『楡家の人々』/北杜夫/新潮社/1964

 

 読んだのは高3の時。ハードカバーで買ったおそらく最初の長編小説。

 大正初期から敗戦までの三十数年、親子3代にわたる精神科医一家の物語である。

 内容はほとんど忘れたが、舞台となる病院を、塀と木立に囲まれた木造兵舎のようにイメージしていたこと、成功しやがて没落してゆく一家の虚栄や確執に満ちた暮らしや登場人物のエキセントリックな性格と数々のエピソードなど、長編小説の醍醐味のあふれた、静かな興奮とでもいうべき愉悦を味わったことを今でも思い出すことができる。

 ところで、手元にある単行本は1972(昭和47)年の43刷、価格は800円である。新聞紙系の週刊誌が当時100円前後だから、800円という価格は文芸書としてはかなり高額。初版は1964(昭和39)年、ネットで調べたら翌年には早15刷に、ベストセラーかつロングセラーといえるだろう。当時は文芸書のハードカバーがかなり売れていたのだ。

 書棚にある当時の話題作の例。安部公房砂の女』が1974年37刷(初版1962)、遠藤周作『沈黙』が1973年40刷(初版1966)、柴田翔『されどわれらが日々―』は1974年90刷(初版1964)。最後の『されど~』は特別だろうけど。

 

■アート一般

幕末太陽傳』/川島雄三監督/1957 ★★★★★

 

 むつ市で開催されていた川島雄三没後50年展で。このブログの「ぶらぶらあるき」(6月17日)をご覧ください。

 

 娘からゴッホ展の図録を借りて観ている。ゴッホ展は仙台市宮城県美術館で5月26日から7月15日まで。これは観られないが、盛岡市の岩手県美術館で開催中の「若冲展」は是非見に行くつもり(こちらも7月15日まで)。

 海*堂さんが今号の「アート」に感想を書いています。

 

●酒肴全般

特別純米 極上/吉乃川/吉乃川(株)/新潟県 ★★★★

 

 頂き物。味・香りとも芳醇というより淡麗というにふさわしい物静かな印象。舌に感じる刺激は日本酒の場合評価が分かれるだろうが、私は好む。この酒にもあるかすかな刺激は、4合ビンが空くころになっても消えずに続いた。物静かなのにしなやかという感じ。

 

【編集後記】
 第10号です。

 前回書いた『世界で最も美しい書店』という本にも載っているアルゼンチンの書店が、NHKの「地球アゴラ」に出ていました。劇場を改装したという豪華で荘厳な店内空間もすごいけど、立ち読みならぬ座り読みが一日中でもでき、テーブルに画集のような大型本を5,6冊も積んで読む人もいたのには驚き。

 ヘッダの写真は岩手山です。この山が見えるところにと遺言した伯父が眠る墓地の周辺は再開発が進み、以前は裾野まで見えていたのに今では大型SCが建ち、何も見えなくなってしまいました。

 

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